いきること

いきること vol.8

夏休みの宿題の定番。
「なつやすみのとも」と「アサガオの観察」。

「なつやすみのとも」は、3年生だけれど1年生のものをもらってかえって、頑張った悠君。
途中であきらめかけながらも、たくさんの方の支援で、最後のページまでたどり着いた。

自由研究の方は、悠君の妹の出生でドタバタした夏休みだったので、特別に免除してあげよう。
そのかわりに、ちちが勝手にアサガオを観察させてもらった。

初夏・・・庭に生えたテキトーな草を、テキトーに抜いて、テキトーに庭掃除していたところ、アサガオの双葉を発見。
それが、1つや2つではない。10近い芽が、そこかしこに生えている。
2年前に小学校から持って帰ったアサガオの種が自然に発芽したものだ。
自然の生きる力には、いつも脱帽せざるを得ない。

まぁ、せっかく見つけた縁だからと、余った黒土と鶏糞を混ぜた土で畝を作り、移植ごてで各々の芽を掘り起こして、一列に並べ支柱を組み立てた。
ホームセンターで購入した2mほどの細い竹5本で支柱をつくり、様子を見ること数日・・・。

アサガオもそう簡単には成長しない。すこしずつ蔓を伸ばし、葉を増やしていく。
ここで、見事に既存の偏見が打ち破られてしまった。

「アサガオなどの蔓植物は、上へ成長していく」と何の疑問も抱かずに信じていたけれど、ウソでした。

畝から伸びた蔓は、日光を求めて、地を這うように横へ横へと延びていったのだ。
冷静に考えたら、とても当たり前のことだった。
アサガオが求めていたのは、水と光。
適切な季節に芽生えたアサガオたちは、この2つの要素で育っていく。

アサガオは、自力で重力に逆らって天へ伸びて行く能力は持ち合わせていなかったのだ。
自然の状態では、他の草木にしがみつきながら、日光を求め、上へ上へと延びていくのだ。

あさがお

ヒマワリのような太くどっしりとした茎を形成する遺伝子が、アサガオには無かった。
アサガオには、細い蔓とたくさんの葉を形成するよう、DNAに生き方が刻まれていたのだ。
そしてその命をまっとうするために、繊細で賢い蔓の先を全身全霊で駆使していく。
養分の生産に必要な光を追い、触れたものの形をとらえ、見事に巻き付いて伸び続ける。

植物もそれぞれの個性を持ち、そして相互関係の中で生きていく。
命あるものは、決して「自立」していない。
すべてが「途切れることのない『補い』の連鎖」で成り立っている。

この連鎖を忘れ、己だけが生きようと考えてはいけないと、アサガオは教えてくれた。